馬漬けの毎日は早朝4時に起床
2006-11-10 17:00:00
牧場では、朝から晩まで、馬に触れていた。
夏と冬で多少変わるが、毎日のスケジュールは以下のような感じだ。
06:00~08:00 馬房掃除
08:00~08:30 朝食
08:30~12:00 馬房掃除、馬の運動
12:00~15:00 昼休み
15:00~17:00 馬の運動、馬の手入れ
全部で4人しかいない小牧場だったため、上記以外に、水や飼葉を馬に与える当番が必要だった。
これは就業2時間前、終業2時間後にそれぞれ30分程度の時間をかけて、ひとりでおこなう。
つまり、4日に1日程度でやってくる当番の日は、朝4:00起床という生活になる。
牧場に勤めるまで、不規則な生活をしていた僕には、かなり辛かった。
朝が早い分、昼休みが3時間もあるが、僕はこの時間、よく競馬場にいっていた。
バイクを飛ばせば、1時間で競馬場にいくことができたので、何食わぬ顔で昼休みに出かけたものだ。
もちろん電話投票で馬券を買うこともできたが、銀行口座上の数字のやり取りではなく、馬券という確かなカタチが欲しかったのだ。
的中馬券を払い戻し機に入れたときの「お金を数えています」というアナウンスも好きだった。
これはある程度の払い戻し額がないといわれないので、たまにしか聞けなかったが…。
こんな規則正しい的な生活を3年間続けた結果、僕はとっても健康体になった。
Category : 牧場生活僕が牧夫になった理由
2006-11-01 17:00:00
二十歳の頃、僕は牧夫だった。
高校を出て一年間浪人、結局どこの大学にも入れてもらえず、さして興味がない建築という分野を扱う専門学校に「とりあえず」入学した。
学校生活は、苦痛そのものだった。
学校に行けば、建築士や建築デザイナーを目指す「熱い若者たち」が溢れていたが、建築に面白味を見出せなかった僕は、当然のことながらみんなから浮いた。
そのうち、学校よりも競馬場やパチンコ屋にいる時間の方が、長くなった。
秋を迎える頃、僕は学費を出してくれた母親に、「学校をやめたいんだ」と言った。
女手ひとつで僕を育ててくれた母親が、一生懸命に蓄えた学費を、何も得ることなく無駄にしてしまった。そう思うと、後悔で自然と涙が溢れてきた。
次は、自分が好きなことを、徹底的にやろう。
そう胸に誓ったのはいいが、はっきりいって当時の僕は無趣味人間で、自他共に認める「つまらない奴」だった。唯一の趣味が、競馬とパチンコという駄目っぷり。
自分の食い扶持は早く稼ぎたいという思いもあって、「とりあえず」パチンコ店でアルバイトでもするかと、アルバイト情報誌を買い込んだ。はっきり言って、失敗から何も学んでいない。
ところが、このアルバイト情報誌が、僕の運命を変えた。
「リゾート地」とジャンル分けされたアルバイト情報欄に、酪農や高原野菜の出荷作業などと一緒に、「競走馬の休養牧場のスタッフ」を募集する記事があったのだ。
パチンコ店でアルバイトをするよりも、きっと刺激的なことが待っているに違いないと直感した。
気がつくと、誰に相談することもなく、情報誌に載っていた電話番号にダイヤルをしていた。
こうして僕は、牧夫になった。
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